1972年、6歳の頃、東京郊外の東久留米市にある、数少ない書店のひとつである、山本書店にうず高く平積みにされていた立風書房ジャガーバックスの「日本妖怪図鑑」が僕の怪奇児童書との出会いでした。

 まずはイラストや図版に目を奪われ、それらに寄り添うように並んだ、一見退屈そうな活字も、読んでみれば不気味で怖ろしい世界へ誘ってくれる文章で、漫画本や動物図鑑などから得られるのとは違った高揚感と、現実世界から妖しく危険な闇を覗き見しているような感覚に陥りました。

 

 単行本の形式の怪奇児童書、雑誌の口絵による怪奇画報共に、活躍なされていた代表的な画家は、石原豪人、柳柊二、南村喬之などが有名で、中でも石原豪人は突出した魅力ある絵を描き、知名度も高いです。

 怪奇画報といえば、石原豪人。多くの方々がそう言います。僕も大いに影響を受け、画業における目標として生きてきましたが、石原豪人という画家を評価するだけでは、怪奇画報が過去のものであると認識する事に他ならないと思うようになりました。

 彼に代わる次の世代の怪奇画家がいなければ怪奇画報は昭和という固定された時代にあった文化とされてしまいます。

 多くの画家たちも、出版社もやらないなら僕がやろうと決意しました。作画、文章、編集、出版すべてを自分でやればいいのだと。  

 

 昭和の怪奇児童書、怪奇画報を令和という新たな年号に変わった今年に復活させようという僕の試みでは、かつて少年を対象にされたものをある程度、成人を意識していこうとも思っています。

 独学ゆえ画力もセンスも過去の画家たちには及ばないかも知れませんが、何年か何十年か費やしても、いつか彼らを超えるか、少なくとも現在でも怪奇画報の画家が存在するという事実を構築したいと思います。

 それには、皆さんのご協力も必要になります。皆さんと共に現代の怪奇児童書、令和怪奇画報を実現していくのが僕の夢であり課題です。

 

 

令和元年8月15日 北原功士

怪奇画報について